-読書感想- 「会議ファシリテーション」の基本がイチから身につく本 / 釘山 健一

-読書感想- 「会議ファシリテーション」の基本がイチから身につく本 / 釘山 健一

2008/3/21発売。2015年7月の読書。

-読書感想- ファシリテーション入門 / 堀公俊

と同様に、流行のワークショップへの疑問と、徳力基彦氏の様な捌き上手への興味で、手にとった。


1:組織のリーダーは議長をやってはいけません。リーダーには、組織をどうしたいかという思いがあり、どうしても結論をその思いのほうにもっていこうとするからです。

多くの会議では意思決定者と進行役を同一人物が担い、その人が思い描く結論を追認するだけのアリバイづくりの場となっています。

と同じだ。

しかし、”偉いおっさんが何もしないで 「オレは知らない」 と言う” 免罪符になる懸念もあるなw

2:人の主体性をどのように引き出すかということは永遠のテーマです。企業人も教師も主婦も、すべての人が日夜この問題に悩んでいると言ってもいいのではないでしょうか?

実際はそのように悩んでいる人達も、「どのようなときに、人は主体的になり、自分の可能性を発揮するのか」 ということは知っています。それは、

「楽しい=自由な雰囲気」 のとき です。

ところが残念なことに、実際の現場では、楽しいことは 「いいかげん・甘い」 と思われ、楽しくやろうとはしません。まさに、会議はその典型となっています。そこが問題です。

更に危機感や不安、焦り等によって、攻撃的な状態も少ないと思う。自尊心のケアは金を生まないので外でやるべきだとつくづく思うな。

3:トップ営業マンといわれる人が共通して言うことがあります。それは、

「根性で頑張れ」 「最後まであきらめるな」 「全力をつくせ」

・・・ということではありません。

彼らトップ営業マンと呼ばれる人たちが口をそろえて言うことは、「仕事を楽しめ」 ということです。

例えばAZZLOは、在籍している組織をダメダメだと思っているがw その負に潰されるのではなく、読書、病的なテレビキャプチャー病的なテキストクリップ のモチベーションに、原油加工的に変換してるしな。

「オレ、今日で三徹ぅ (;´ρ`)」

的な忙しいアピールなんかも、ある種同様で、それで気が済むならすれば良いと思うな。

4:たくさんの企画を出せば “ボツ” になる企画がたくさん出ますので、ボツになってもショックが少ないのです。よいアイディアとは、はじめから 「いい意見」 を出し合うのではなく、ボツにしてボツにしてと 「ボツの山」 を築く中で生まれてくるのです。

AZZLOのアイデア資料には、大概エロ案を入れるのだが、「エロ案は排除した。故にこちらを選択した」 と捉えられるように、わざわざエロ案を入れるようにしているw

ま、数が多ければ良い訳ではないし、一つ一つに熱がないのも問題だが、AZZLOはAZZLO案が採用されなくても、全くショックはない。

しかし、コンペで採用された他社案が、AZZLOのと似てると、組織に対して更に呆れるというのはある。

5:単に法律を守れということではなく、法律を守ることのできない実態 を社員全員で自由に出し合い、そのためにどうしたらようかを考えない限り、理屈の上でいくらコンプライアンスを叫んでもだめなのです。

“暴力団規制” を云々かんぬんするよりも “何故暴力団に加入する人がいるのか?” を考える必要があるのと同じだな。

更に組織では 「アイツはダメだ使えねぇ」 に類する発言があちこちで聞こえてくるが、何故ダメなのか? なんでダメなヤツを採用したのか? 最初は良かったのに途中からダメになったのであれば、その変化の原因はなんなのか? を探る必要があると思う。

6:人が会議に満足する大切な要素のひとつが、自分の思いを尊重してもらったという満足感です。ところが、尊重するも何も、意見そのものを言えないのですから話になりません。それでは、参加者の多くが会議に不満を持つのも当然です。

それは、”発言すると煙たがられる” “「生意気」とdisられる” という実績があるからだと思う。発言しなければ 「主体性が無い」 とどっちみちdisられる訳だがw

周辺が何をしようが “偉いおっさんが自尊心ケアの為に組織を私的利用している” と言える事象は、特に日本では少なくないと思うな。

そぉいうスタイルでも食えたのは前世紀までだと思う。今後は更にいわゆる “グローバル資本主義” な訳で、日本国内の事情で言い訳は出来ないと思うな。


この本は2008年発売で、直近でもこの手の議題が特に東洋経済で連日記事になっているがw つくづく学ばない日本人のイメージは強まるな。そしてそれを分かっていてわざわざ読書して書き上げてコメント書いてるAZZLOも同様w

そもそも “ファシリテーション” とかいう横文字が魔法のように感じながらも、結局うまく出来ないのは日本では当然のように思うw

根本としては “新橋のおっさん” の状態が、良いファシリテーション状態と言える訳でw(酒癖が悪いとまた違うが) それをシラフで蛍光灯の元で、時間制限がある中でやるのは無理。更に日本語では尚更難しいと思うw

ファシリテーションのスキルは各々、特に上位者が身に付けていて当たり前の事だと思うが、その旨みを、”シラフでもより際立たせていく” というのが課題の本質だと思う。

それが達成出来ていれば、わざわざ “マネジメント研修” という様な恥ずかしい事象も起きないと思うな。

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