目次
- 改めて学力と労働市場における優秀さの考察
- コチラは中学受験相当の勉強をしていた
- “全国の全児童による偏差値” ではないコトを知ってからのイメージ
- 結構偏差値高いコトは確認したがw スッキリはしない…。
- コチラは大学受験においては、どの程度になるのだろうか?
- 何故高学歴者への否定的見解がシツコイのかw
- まとめ
改めて学力と労働市場における優秀さの考察
工事現場に出入りする海賊職人一派(基本的に高卒らしい)と 日大卒の監督 との接点から、学力偏差値(大学学力ランキング)と、優秀さについて、現在の考察を残しておこう。
まず、上位大学卒者に対しては、数年前に
を書いて、現在も間違っていないと思っているが、先日
上位大学卒業者は “言われたコトしか出来ない” が 下位大学ないし低学歴者は “言われたコトすら出来ない”
である(その可能性が高い)コトを知ったw
そして、全く労働意欲の無い日大卒監督の卒業学部の偏差値が、37~40である コトを知り
「やっぱ、偏差値ないしの “学力(テストの点)” と優秀さは比例すんのかな~。。。するっぽいなぁ~。」
という見解に達した。
素敵な夫婦の嫁がロンドン大学卒業 という事実も見解の到達を早めた要因だな。
この見解を自身の小学生時代の経験(中学受験偏差値)を素材に再考してみようと思う。
コチラは中学受験相当の勉強をしていた
にも書いてあるが、コチラ自身は、中学2年の1学期までしか文部科学省認定の教育機関には行っておらず、その後は、母が運営していたショップのスタッフとなりながら3年間フランスに住み、(その前からだが)クラブ(芝浦GOLD、青山マニアックラブ、西麻布ブレッツetc.)にて様々なコトを学んできた。
近年は神宮前にあったハウル等のバーで学び、最近においては八丁堀の安飲み屋にて、豊洲市場勤務(80代)、早稲田大学卒業がウリのタクシー運転手(70代)、元ギャンブラーでセブンイレブンのバイト(40代)、といった職業の爺ちゃんおっちゃん達とのコミュニケーションから大衆理解を深めている。
しかし、小学生の頃は中学受験を想定して、週3日栄光ゼミナールに通い、日曜日は四谷大塚に通っていた。土曜日はリコーダー、ハープの習い事に通っていた上、小5の担任が “一日2ページノート” なる1ページ日記、1ページ自己学習のタスクを設定しやがり、6年生の担任も習って “自力ノート”(最低2ページ制限なし)を設定し、宿題開始するのが深夜1時とかになる日常を過ごしていた。この頃が今までの人生で一番キツかったw
この頃の、偏差値は平均で68だったかと記憶している。
「もうちょっとで開成(当時の開成は偏差値71だった記憶がある)に手が届く☆」
なんて栄光ゼミナールの先生が鼻息荒くしていた記憶があるな。「お前の為に生きてんじゃねぇよ…」と思った記憶もあるなw
当時
「なんでこんなキツいコトやってんのに、68って…上位ではあるものの、努力の割にイマイチ…。自分、あんま頭よくないんだろう…。っつぅか開成で71っていうのにも違和感あるんだが …開成だったら85以上が妥当なんじゃないか???」
と思っていたw
偏差値は常に全国の全児童で作っているものだと思っていたのだwww 日常的に目にしていた偏差値は、栄光ゼミナール内、四谷大塚内での偏差値であるのが事実らしいw ちなみに瞬間風速では72、瞬間凋落は53という記憶がうっすら残っている。
“全国の全児童による偏差値” ではないコトを知ってからのイメージ
70以上は “(文部科学省認定テストの)勉強に向いてる頭” や環境がないとキープ出来ないと思うが、65以上70以下は、普通に授業に出て塾ないし通ってれば達成される と思う。土曜日の習い事と学校担任が設定したノート学習に追われていながらもコチラは68だったのだ。要は “普通のコトが出来ないヒトが多過ぎ?” という印象を持っている。
もしそうなのであれば、”普通=マジョリティー” の定義においては、“普通のコトが出来ないコトが普通” というコト であって、コチラが無知なだけなのだがw
こぉいう指摘もあるしな。
コチラは大学受験においては、どの程度になるのだろうか?
最近の統計だが、中学受験をするヒトは全体の16%。高校受験が95%、大学受験が55%ぐらいなんだそうだ。よってコチラの偏差値68というのは、中学受験者16%の中の上位3.59%と言っても大きくは違わないだろう(”進学塾生徒=受験者” でほぼ一致であろう)。偏差値65でも6.68%。中学受験しないヒトが必ず受験しているヒトよりも偏差値が下なのであれば、全体においてよりマイノリティーであるw
そこで、コチラはどの程度の大学ランクと一致するのか? 興味が湧いてきた。
中学受験偏差値→高校受験偏差値:+15
高校受験偏差値→大学受験偏差値:-10
というのが大まかな方程式になるらしいのだが、”68+15-10=『73』” というコトになる。
中学受験段階の偏差値状態を大学受験段階で維持出来るとは限らない が、単純に置き換えてみると、コチラの大学受験偏差値は73。大学も学部によって大分偏差値が違うらしいのだが
“上位校の医学部は無理で、他の難易度高め学部はギリギリ”
そんな感じみたいだな。…早稲田の多くの学部においては余裕があるっぽいなw 卒業段階の難易度が、どぉいうものなのか分からないが…。
ま、文部科学省認定テストの点が “頭の良さ” とか “品格” みたいのに紐づく訳では全くないのだが、
「慶応以上のランクのヒトは頭の回転が速くて語彙力もあって素敵だな~。そうでない方は…特に早稲田はどうなってんだ???」
と感じる(コトが多い)ので、まぁまぁ偏差値と紐づく人間像は一致している感じもする。改めて一定の合理性を感じてしまう な…
※ …早稲田は卒業者が多過ぎ(年1万人)て、おそらく労働市場に25万人ぐらい存在する(1万人×(65歳-23歳)×推定専業主婦率60%)と思うので、一概には言えない のだがw …ま、要はクズも混じっていてクズ遭遇率も絶対数が多いから高くなるのは間違いないw 早稲田を更に調べてみると、偏差値53ぐらいから入れる学部もあるそうだ。
結構偏差値高いコトは確認したがw スッキリはしない…。
たらればでしかないし、コチラ自身が否定している “労働市場における優秀さ判断” におけるモノサシ(文部科学省認定ルールにおける学力)であるが、多くの労働者に「は???」と感じてしまうのは、”大学受験偏差値において73相当” という背景はあるかも しれないな。
散々書いてきたコトであるが、基本的な「は???」は教養面ではある のだが、労働時の目的達成において彼らが選ぶ手段は自滅カードを選ぶ傾向を多々感じるのだ。”従業員” というクズワードに侵されて優秀さを自滅方面に使ってしまっているという点もあると思うが…。
コチラの特徴・優秀さ(面倒臭さ)は、”比較的高い学力偏差値(力)” ではなく、シリアルではなくパラレル思考(疑う思考)であると自己分析している。しかしシリアル的な学力偏差値においても比較的高かった(高そう)という点を確認したまでだ。
何故高学歴者への否定的見解がシツコイのかw
しいて挙げるなら
ゴキブリにムキになる人間さま(素敵な先輩の私服がダサかった)
コレが根本だが、端的に言及していなかった様なので明記しておく。
“イケてる日本の上位者ならば凄くイケてるハズである” (ノブレス・オブリージュ的な)
という幼少期からの考えを、ゴミ売広告社で違う現実を見せつけられたからだろうw
そして現在の生活においても、似たような事象に遭遇しまくっているが故だ。
まとめ
残念ながら? 今回の考察によって
“上位大学出たモノ(学力偏差値が高いモノ)は絶対評価で優秀じゃなかったとしても社会全体での相対評価では大分マシ” (ちなみに散々書いてきた懐疑的なゴミ売広告社の高学歴者たちに対しては、今となっては「確かに社会全体においては優秀(マシ)」であるとは思っているのでwww)
という念押しになった感じがするw ま、偏差値自体、相対評価な訳だけどもw
ま、コチラが相対的に優秀かどうかとか、ナルシズムに浸れるかとかはどうでも良いコトでw(基本的に自身の絶対評価を重視しているので)
“大分マシな可能性が高そうな方々を有益に活用する(自滅させない)社会”
には課題があるという点が、新たに言語化出来る整理だな。
…というか、コチラが数年同じようなコトを書いてきた本質はコレなのかもしれないな。
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