2014年出会った素晴らしい音楽 (この世は女性支配社会だ)

クラブ的な場所は 「出演者のギャラになるのでお支払い頂ければと思いますぅ」 (`ヘ´#) の時にボノボに入ったぐらいかな。ほんと爆音浴びてない。さすがに音悪くてもちょっと爆音浴びたい気分ではある。

あ、23年ぶりに松井寛のアルバムがぁぁぁぁ?・・・出たぁぁぁ~~~!!!(ザキヤマ風) で初めて代官山UNIT行ったってのはあるな。でもそんぐらいか。

気になった音楽は 目玉とヤギについて (米津玄師ステキ (≧∇≦)) に書いたように、米津玄師にハマったな。スタイルは違うがREI HARAKAMIと似たような感情を感じる。特にコレが好き。

そして、人に教えて 「神曲!!!」 と反応があったのが

コレで、そういう反応を見て 「赤い血が流れたヒトはやっぱこぉいうのに強く反応するんだなぁ」 と普遍的な事を実感した。もちろんAZZLOも神曲だと思う。



他は基本的なAZZLOの音楽趣向ではないが圧倒的にコレ!!!

久々に “頭でループしちゃう” 音楽だったな。

コレを思い出したな。・・・むちゃくちゃファンキーだなぁw 更にコレ思い出した。

構成がなんか似てる気がするw ・・・近年こぉいうエンタメ音楽無いよな。
いや、なんかあったような・・・?

コレだ!コレもループしちゃうなw ハンマーの音が少しズレてるのが凄いセンスあると思うw

そぉいえばコレも面白いよなぁ。そして


この謎さ加減 “噛めば噛むほど” 的な中毒性あるよなw
そして、一瞬インド音楽にハマった。というかAshokにハマった。


インド音楽のファンキーさとサイケデリックさは興味があるので、探求したいと思っている。
なんか面白い系ばっか見た感じするな・・・w 多分

コレにハマッた影響なんだと思う・・・w



元々のAZZLOの趣向に近いものとしては圧倒的にコレ!!!

映像も素晴らしいし、女子が運転して男子が乗っているというのが、女性上位社会を表現しているようで考察が深まるな。
フライングロータスってもっとバンドサウンドだったイメージだったのだが

コレも好き。

コレも自由な女性に対して身動きが取れない男性を表現してると解釈出来る。
女性上位というか女性支配社会の表現と言えば

この辺もそうだったな。最近気付いたのだが

“男性はおっぱいとおま○こが大好きなので、女性には逆らえない”

という揺らぎ無い事実だw どう転んでもひれ伏すしかないw

「お願い!!!先っちょだけでいいから!!!」

って男性は言っちゃうんだよなぁ。

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“犬が自分のしっぽを追いかける事象” 的に見える資本主義はチンパンジーで、平等ではなく共存を意識するAZZLOはボノボを認めざるをえない。そしてボノボはメスが支配権を握っているのだった・・・w

セイさんの原宿ボノボの意味も分かった気がする。

・・・故にAZZLOは自立性を維持したいので女嫌いなんだと思う。そんなAZZLOを飼える女じゃないとAZZLOは付き合えないんだろうな。今のカノジョはAZZLOを飼ってると思うw
今後ヴァーチャルセックスが可能になってくると、どうなるんだろうなぁ。女性にひれ伏す必然性が弱まるからな。


過去にどこかの記事で張った気がするが、これはたまに聴いたな。超フランス人表してると思うw 日本の “川の流れのように” に近い曲だと思うw 愛の賛歌と並ぶフランスの代表曲とすら思うw

・・・そもそも

コレ人類最高曲なんじゃないかと思う。こんだけカバーされた曲ないんじゃないかな?

コレのドリーミーさ加減も中毒性あって好き。

コレも過去に張った気がするが、よく動画が削除されているので、備忘録的に張っておこう。一応アナログは2枚持ってる。ある種SadeのPearlsみたいにリミックスがいっぱい出てるなw
あとはこんなの好きだな。



DJトラック的なヤツは






こんなのが約200ドルぐらいBEATPORTとWASABEATのカートに入ってる。



AZZLOが最初に 「この女スゲェ!」 と思ったのは宇多田ヒカルだ。もう圧倒的な才能っつぅか完全にノックアウトされた。あまりの巨大さに何も出来なくなったw AZZLOが音楽活動を終えるダメ押しだったと思うw

音楽で考えていくと荒井由実だよな。ファッションでも川久保玲だもんなぁ。

“AZZLOは女嫌い” というのは敵わないからなんだな。

でも、資本主義的には男性上位的になっている事に違和感を感じていたここ数年だった。過去は

「男性は体温が一定だから冷静に的確に判断出来るのでビジネスは男性でしか出来ないのだ」

みたいに思っていたが、“そう思わせておいて男性を働かす” が資本主義の本質に感じてきているw

故に昨今の “女性の社会進出” みたいのには女性は騙されてはいけないと危惧する。いわゆる現在のマネタイズの導線に出ていく事が女性の社会進出ではないと思う。そもそも現在まで “女性は社会と関係ない” みたいな言い方がおかしい しw

マララの 「女性に教育を!」 ってのも違和感感じる。勉強して資本主義の上流を目指す生き様はオチは見えてるのに、“上流に達成しない女性はダメな女性” というレッテルを生むハズ だ。

逆に

これぐらいが当たり前であるべきとも言えるな。選択したい人は、少なくても目指せる環境が良い。でもお仕着せは必要ない。

現在の若い日本の女性はとても辛そうにAZZLOには見える。そしてまだ自己の歪に気付いていない女性も多く居るように見える。勢いあまって高圧的になってしまう女性とかも歪の反動だろうと思う。

そもそも男女平等なんて無くて、”男女共存” だと思う。違いを尊重してお互いにおいしい所を組みあわせた方が、お互いに苦労が減るw 当たり前体操だと思う。
故に “女性だけの○△□” “女性限定” とかは辞めるべきだと思う。女性が自ら隔離・差別を促している自滅行為に思える。



いわゆる “研究論文” みたいな体裁ではないアウトプットからこの事に気付けたのは、面白い流れだなぁ。

あ、音楽やファッション、建築とかもそうだが、”文” という手法ではない研究発表みたいなもんだよなぁ。

手法は違えど思想は同じなアウトプットに気付く事あるし、ノンバーバルなアウトプットはそれぞれのバーバルへの変換があって、それが個性で次に変化していく訳で、赤い血が流れたヒトならではだよな。

人工知能では結構難しい事なので (おいおいそのアルゴリズムも出来るハズだが) 今の肉体前提の時代ならではの継承を楽しみたいと思う気付きだったな。

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