-読書感想- プロヴォカティブ・シンキング ―面白がる思考 / 山梨 広一

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面白がる思考 / 山梨 広一

2010/12/24発売。2011年11月頃の読書。

不条理な環境を嘆くのではなく

☓「ココは焼け野原だから、何もない・・・」
○「ココは焼け野原だから、自分の敷地は自由に決められる」

的な考えを促進させようと思い、この本を手にとった気がする。

ちなみに、最近連発している組織批評は

「みんな自由に敷地決めてるのに、何故かAZZLOだけdisられる。ガラクタを放り込まれる」

的な事だと思う。


1:マインドセットというのは、一言でいってしまうと、可能性を信じ、その実現のために前提条件や境界条件を否定する気持ちである。つまりプロヴォカティブ・シンキングとは、定石や常識的な判断といった無意識に規定されているものも含め、すべての前提条件や境界条件をクリアーして、あらゆる可能性を試してみようという思考だ。

⇒出来ない事、難しい事から考えるのではなく、「あんなこといいな、できたらいいな」はまず持つべきという事だと思う。初期衝動は汚い欲望でもなんでも良いと思うw

逆に難しい事を全部リストアップすると、意外と 「ココ簡単なのに規制されてないw」 という事に気付く事もあるよな。

2:現状維持は結構なことのように思えるが、そもそもビジネスにおいては、何も変わらないということは、どんどん下流に流されていくことを意味する。しかもいまのこのご時世では、「現状維持でいい」 と思っていたところで、それを実現することすら難しい。常に川上に向かって泳ぎ続けていなければ、あっという間に下流に押し流されてしまうだろう。

⇒ある一定の年齢になると 「自分が退職する時まで持てばいいや。新しい事はリスクあるし面倒だし」となるのは、人としてはごくごく当然だとは思う。

しかし、それは後輩達の事情とは違うんだよな。

飯を食うだけの猿の群れじゃなくて、考える人の群れなんだよな。

3:人間は子どものころの本能的な感覚を、成長しながらどんどん失っていく。子どもを見ていると、面白いことにそこらじゅうを走り回っていても滅多にテーブルや椅子にぶつからない能力があるのだが、それがある時期からなくなってしまう。

それと同じように、社会で大人になっていくにつれ、もともと気にしていなかったものを、「こんなことやっちゃたら常務が怒るかな」 というように勝手に条件を決めていくようになる。(中略)

誰のために仕事をしているかというと、社外のお客さんではなく社内の経営者のためなのである。だんだん新しいアイデアを考えることより、経営者の仮説をいかに実現させるか、というようなことが最優先になる。

⇒経営者が優秀であれば、ワンマン経営で後は従業員のみでも良いと思う。

4:議論は、その問題についてみんなで考える機会だ。この機会になるべくスコープを広げて眺めてみよう。なるべく思いきって可能性を追求しようと考えるのが、プロヴォカティブ・シンキングである。いってみれば 「もめるのはタダ」 だ。

<堅実君> は議論の起こらない、静かな会議を目指すが、<面白がる君> は議論を楽しむ。

⇒AZZLOは偉いおっさんに 「もっと喧嘩しろ!憎しみを持て!」 と言われていただけに、”社内で揉めるのはタダだし生産的” と思っている。ま、疲れるから全部率先して揉めなくても良いけどw

喋ってるのが上位者(おっさん)だけで、若い人たちは静かにしているというMTGが結構あるな。若い人達がおっさんになったら、誰も喋らないのだろうか・・・w

5:境界条件を広げて考えるというのは、たとえば 「饅頭はケーキよりも安くて当たり前」 という前提を捨てて五〇〇円の饅頭を喜んでもらえるための条件を見なおしてみることだし、情報の見方を変えてみるというのは、和菓子だからといって和菓子の情報ばかり見ていないで、洋菓子の事例を見たり、あるいはまったく畑違いのファッションやエンタテイメントの事例を参考にしたりすることである。

⇒饅頭でいうなら もみまん の事例が高い値段ではないが、同じような事だと思う。

6:あらゆるアイデアが出尽くしたかのように見える現代では、「できない、無理だ」 と思っていることを可能にするところからしか、新しいものは生まれない。それはやはり、無理だと思わないで、「できる」 と思うプロヴォカティブな発想からスタートするのだ。

⇒「できない、無理だ」 をあえてやっちゃう、勇気ある人、もしくは境界線を知らない馬鹿?w が居るから人の生活は更新してきたと思う。

故に 「出来ない、無理だ」 を考えれが必然的に企画になっていくと思うw ・・・そして大概は営業の度胸の無さで提案しないで終わるw

全部やるべきって事じゃないが 「できない、無理だ」 と言うなら最初からアイデア募集 とかは筋違いな感じするな。

7:「百貨店のフロア活用」で三人はどう行動したか

<思いつき君> の行動
プロジェクトの目標については大して注意を払わず、結果として与えられた目標を受け入れるだけだ。なぜならば <思いつき君> 自身には 「面白いアイデアを出したい」 という独自の目標がどんな場合でも揺るぎなく存在しているからだ。

そして <思いつき君> ははっきりと境界条件を意識することはないが、自分が面白いと思えるアイデアかどうかということが、無意識のうちに境界条件になっているのだろう。

<堅実君> の行動
境界条件を守ることがたいへん重要だと思っている。彼が明示的にとらえている境界条件とは、主に社内の有力者の個人的な仮説である。

そのうえで、「失敗しない」ということが <堅実君> には一番大事な目標となってくる。

<ヒトマネ君> の行動
過去、現在を問わず、成功した具体例と、頼りになりそうなアイデアマンたちが考えた具体案の山であった。彼は、できる限り多くの具体的アイデアを掻き集め、そのひとつひとつを 「真似できるかどうか」 「当該の五フロアで再現・実現できるかどうか」 という視点で判断し、真似すべきアイデアの有力候補を絞り込んでいった。

⇒思いついて堅実に進めるのが良いと思う。堅実さをより確実にする為、共通認識の強化として、ヒトマネの要素もあると更に良いのだと思う。

個で全要素を持っているのが望ましいが、他者と補完しあえるからチームだと思う。

8:<面白がる君> はいまできることにこだらわない。目の前の実現可能性にこだわると、アイデアが広げられないからだ。<面白がる君> はたとえいまはできないことでも、とりあえず実現のための計画をつくり、そこから足りない能力をうめていけばいいという発想をする。

⇒できることにこだわると必要な事が出来ない事って当たり前にあるよな。コンロがあっても鍋がないと作れる料理は限られるからな。逆に制限の上だからこそ、生まれるものもある。

“パスタを数本まとめて周りに肉くっ付けて焼いたら、串も食べれる新しい串焼き料理出来た♪”

みたいな事は制限があるから、しぶしぶ辿り着いてしまう事だと思うw

9:常識にとらわれていると、ポジにしか目がいかないが、プロヴォカティブに情報を捉えればネガの情報も目に入ってくるはずだ。

⇒AZZLOはネガを明確にした上でネガの払拭を考える事が多いかも。単純に “ネガの真逆やれば良い” という企画も多いw

提案時には “イノベーションをソリューションに見せかける” 事にもなり、ネガの明確化はその後楽になると思う。

10:子どもは大人から見るとしょうもないと思われるような情報を拾う。しかし我々もそうなのだが、どの情報が大事で、どこに着目すべきかというのは、プロであればあるほど固定的になって、「このケースではこれとこれとを見る」 ということが決まってしまう。その見方を知っていることが、仕事が出来るということだという解釈すらある。

しかし子どものように情報自体に幅広く興味を持つことで、人と違った発想が出てくるという面もあるのだ。

⇒変化が無い労働であれば、良く言うと “職人” となるので必要な事に集中するために盲目も悪くないケースもあると思う。従業員についても同様だ。ミス無くやってくれれば良いという労働種類もある。

11:<堅実君> の場合は目的関数がミスセットされているのではないか。

つまり、よりすぐれたものを出そうという目的関数ではなく、よりミスをしないこととか、より安全なものを出そうというようになっているのだ。これは本人も無意識に行っていることなのかもしれない。無意識ということは、要するにもう発想や行動が自然にそうなっているということだ。その結果、目的関数が 「一番いい答えを出そう」 ではなく、「一番リスクを冒さないこと」 になってしまっている。これは明らかに目的関数のミスセットだ。

⇒7番に書いたが、堅実君も必要だと思う。しかし堅実君ばかりでは何も起きないw

12:最終形を真似していると、その最終形が生まれる過程での重要な洞察をスキップしているから、追加のアイデアが出てこない。

⇒故に “『施策』 だけ真似させて、他社を自滅に追い込め!” って感じだな。

13:都会に住んでいる若い人たちだけが使うのは、普及とはいわない。携帯電話だって、最初は若年層からスタートしたけれど、いまではお年寄りもみんな持っている。普及するということは、社会のいろいろなセグメントに広がっていくことを意味する。

⇒”若い子に普及” “お年寄りに普及” ってのはあるわけで、全世代への普及が必ずしも必要だとは思わない。携帯で言うならば “日本においては全世代に普及” と言える訳で、地球全体で浸透しているとは言い難い。普及とは、ある程度セグメントされた尺度なハズ。

14:1970年代初めのこと、渡部氏(ワタベウェディング) は 「そういえば今年は、ハワイで結婚式を挙げたいので衣装を貸してほしい、というカップルが二組あったな」 と思い出した。そういうカップルで京都のウチの店に来た人達が二組あるなら日本全国ならば一〇〇〇組はいるはず、と考え、1973年にハワイ・ホノルル店をオープン、見込みどおり、初年度一〇〇〇組の海外挙式をサポートしたという。

⇒通常は 「京都でこれだけ結婚する人がいるのだから、全国のハワイで挙式したい人を集めるよりも、各都道府県で店舗を持とう♪」 となるだろう。いわゆるマクロ視点。

渡部氏の例は、まずミクロに気付き、マクロで考えた結果だろう。どちらが優れている訳ではなく、必ずマクロとミクロの繋ぎが必要だと思う。

15:優れた経営者と話していると、彼らはN=1的な情報をよくする。たとえばこういうファッションの着方をしている若い人を見かけた、というような話だ。ただし、経営者として経験も実績もあって、世の中のことを知り尽くしている人がN=1に注目しても、価値のある意味合いがとれないかもしれない。

それはともかく、優秀な経営者はN=1情報に目をとめることが多い。そうではない経営者、といったら怒られてしまうが、「その人が社長になっても別に会社が変わらないなあ」と思わせる経営者は、GDPがどうしたとか、ヨーロッパの成長がどうしたとか、マスの大きな話が空きだ。しかし経済の専門家とも渡り合えるくらいのマクロの経済知識を持った人でない限り、マクロの情報から企業や事業を変革する洞察は生まれないのではないだろうか。

⇒N=1が重要なのではなく、気付いた対象がポイントだと思う。「ウチの嫁が・・・」 もN=1だからである。

いずれにしても、マクロミクロの両方向から辻褄があっている事が必要だと思う。

16:プロヴォカティブ・シンキングにおいても仮説はあとから事実で証明しないといけないのだが、仮説を考える段階では、それが証明可能かどうかは考えない。なぜなら証明可能性を考えること自体が無意識に自分の中に境界条件をつくってしまうからだ。「こんなこと証明できないだろうな」 と思うとアイデアがしんぼんでしまう。

だから証明責任を考えないで、まず発想して、面白い仮説が出来上がったら、今度はそれをどうしたら証明できるかをとことん考えるほうがいい。仮説を立てることと、証明することは別物だとはっきり区別することだ。ここで発想と証明を一緒の作業にしてしまうと、発想が萎縮してしまう。

⇒AZZLOは割と既に証明されている事象を踏み台に考えてるかもな。

「エロ動画を見ると勃起します」

という事象に対して

「その上でしごくと幸せになれます。念の為ティッシュも近くに置いておきましょう♪」

というのがご提案な感じする。

もちろん身内MTGの場合は

「アネロス(エネマグラ)もイイハズ!」

という事象だけの共有もあるがw

世の中 「エロ動画見ると勃起します」 で終わっている企画って多いな。キャスティング勝負的な提案はそぉいう事だと思う。

17:知見がいくらあっても勇気のない人にポジションはとれない。勇気があっても知見がない人は、ポジションをとってもはずしてしまう。その両方があって初めて仮説思考は効果を発揮する。

⇒故に知見がある人と勇気がある人が組み合わさって補完し合えると、チームになると思う。それぞれいつでも一人で完結出来る状態が好ましいが、このマッチングの方が重要だと思う。

18:目標を高くしたら、境界条件も広げないといけない。言い換えれば、なんでもありに近づけば近づけるほど、高い目標を達成できる可能性が大きくなるということだ。

ただし、そのときにできるという前提で考えなければならない。

⇒良い事例として紹介される広告って、大概通常の境界条件ではないんだよな。

よって、単純に境界条件を広げるだけで、話題だけは獲得出来ると思うw

19:可能性を面白がり可能性を自由に追求することで、ともすれば現在私たちの多くが陥りがちな閉塞感を打破することである。出てくるアイデアの質も変わるが、それを考える人の気分や気の持ちようも変わるということだ。

⇒虐めまでうけるAZZLOの状況は、普通閉塞感が強まるハズw

その上で、AZZLOさんとAZZLOクンは分離して、ドリフの舞台に居るAZZLOクンをAZZLOさんが見て面白がっている という事になったと言えるな。

とある若手は

「こんな場所だからこそ自由にやれる」

って言ってるしな。

ま、ものは捉えようってなだけの事なんだがw

デスクがずっと振動してるのも、「今電車乗ってる♪」 と思えばなんでもないもんなw いずれにしても有り難くはないな・・・w

20:可能性を信じて自由に生み出されたアイデアは、たとえそれ自体が実行に移されなかったとしても、次のアイデアが生まれる土壌を豊かにする効果があることだ。

⇒これは確実に思う。故にどの案件で実行になっても良いと思う。“オタクさんにウケが良いコンテンツ” の経験があって、突き詰めていくと “4億アート提案” になった訳だし。


当時の読書時は7番から 「故に <思いつき君> 以外はダメなヤツ」 という解釈だったが、今は <堅実君> も <ヒトマネ君> も、それぞれ必要だと思う。

そしてそれぞれ強要ではなく協調出来ると良いチームになると思う。人の強みを嫉妬して否定したり奪う必要はないだろう。

そして、19番に記載した通り、元々その傾向はあるが、幽体離脱が確実になったかもしれないなぁw

とは言え、AZZLOさんとAZZLOクンは同じ肉体をシェアしてるので、たまに繋ぎが悪い日があるんだよなぁ。誰しもそぉいう事あると思うが。

・・・とりあえず16番に記載した “しごくと幸せになれます” 的な事を含む、ストーリーになっている企画を考えていきたいと思う。

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